【チェンソーマン第二部おわり】おわりってマジ?
ハロー、ガイズ。
わたしは聖書と悪女が大好きなヒストール、よろしく。
『チェンソーマン』第二部が終わった。面白くなかった。第三部があるかわからない。全体を通しての感想を言ってみる。
一つ目。分かりにくかった。第一部は、分かりやすい魅力に満ちていた。マキマさんの魅力。デンジやパワーやアキの成長と絡み。デンジの機転と動揺する敵。絶望的なのにデンジがネジの外れた言動して、スカッと敵を倒す。第二部の後半はデンジ主人公だったけど、前半はアサ主人公?主人公すらよく分からなかった。
二つ目。誰が主人公なのか?なぜアサが主人公なのか、説明しなくても分かる説得力は感じられなかった。アサが主人公だとしても、ヨルやデンジ以外との絡みが少なく、アサに魅力が感じられなかった。
三つ目。第二部は『チェンソーマン』なのか?第一部を見た読者は、「チェンソーマンらしさ」をある程度、共有できていたはず。第二部のどこが『チェンソーマン』なのか?第一部と第二部の雰囲気が違いすぎて語りにくい。
糞ッ。パワー可愛い。わたしはパワーの見た目が大好きだ…いや、もちろん内面も大好きだけど。このルックスに惹かれている。最終回だけ都合良くパワーを出しやがってありがとう!パワーを待ち焦がれていたので、展開的にダメだけど、パワー出てきたことに喜んでしまう。

願望。正直、第三部が欲しい。少なくとも、タツキは第一部に伏せていた様々な謎について意識的だったはず。太陽が描かれない世界。ボムの匂いを知っているビーム。黒い背景の時は「過去を描いていない」。銃の悪魔の正体。「外から開けられたあのドア」。第二部は、父親殺しの件やナユタの死まで曖昧だった。なぜ主人公をアサにする必要があったのか、なぜ主人公をデンジに交代させたのか。岸辺はどうなったのか?間を開けたらダメ。描けるなら描く、描かないなら描かない。ハッキリしてほしい。第一部は「チェンソーマンが世界一の漫画」とハッキリ言えたし、ずっと楽しかった。第二部はそう言えない。藤本タツキは『チェンソーマン』第三部を描くのか、新作の短編や長編を描くのか、ハッキリしてほしい。
【チェンソーマン第13話】銃の悪魔は「13番目の仏様」

ハロー、ガイズ。
わたしは聖書と悪女好きのヒストール、よろしく。
久々のチェンソーマン記事。銃の悪魔の正体を再考察してみる。銃の悪魔は「13」がキーワードだ。ネタバレ注意。第一部も第二部もネタバレあり。
1つ目。銃の悪魔の初登場は「第13話」に初登場。これは分かりやすい。
2つ目。銃の悪魔は1997年の「13年前」、1984年に初登場。これは有名なディストピア小説『1984』にかけたもの。この小説の世界では、政府がつねに報道を改ざんし、歴史をつねに改ざんしてる。
『チェンソーマン』では銃の悪魔の初出現による約120万人の死者のため、銃の悪魔およびすべての悪魔が強くなった。悪魔は恐れられる名前に由来する悪魔ほど強い。それで、恐怖をコントロールするために【報道が規制】されるようになった。本当の凶悪事件や災害等は報道されていない。つまり、このチェンソーマン世界でも【政府がつねに報道や歴史を改ざんしている】可能性が高い。特に【日本では銃の真実が隠ぺい】されている。
どこの国も表で銃所持を厳罰化しつつ、裏で銃を売りさばき、それを「銃の悪魔と契約して手に入れた事」にしていた。日本以外の国がみんなやってること。
ところが日本では国防担当の公安のトップすら「銃の出どころ」を知らない。異常な無知。国を守るべき立場の人が銃の現状を知らない。
日本では裏社会のヤクザの組長すら「銃の出どころ」を知らずに、銃の悪魔が銃を製造してると錯覚してる。組長の息子が銃を使って公安を襲撃してるのに。
ロシア出身のレゼが「日本で銃撃つとき許可制なの?」と言ってるのは、日本の状況がきわめて悪い意味で特別だから。日本人は平和ボケして「銃撃つとき許可制」を続けてる。

3つ目。日本語憲法の「第13条」にある「自由権」は、銃の国アメリカの独立宣言に由来。「自由」と「銃」の発音をかけたもの。独立宣言は唯一神が「自由の権利」を創造したとあるが、これは嘘。「自由(リバティ)」はローマの女神リーベルタースに由来する言葉。リバティは「自ら」「由る」という意味ではなく、解放という意味。聖書に「自由(リバティ)」という言葉は登場しない。唯一神は別の女神リバティを創造しなかった。また、日本文化に「自由」の神仏は存在しない。日本語の「自由」は誤字誤用。アメリカやフランスの「リバティ」は、人類普遍の価値に見せかけたローマの神々の残骸。だから、『チェンソーマン』では自由が良い意味では使われない。

4つ目。銃の悪魔の正体は「明星天使ルシファー」や「明星天子(虚空蔵菩薩)」に関係する。銃の悪魔は2回とも「金曜日(明星は金星)」に襲来。マキマは銃の悪魔を倒す時にルシファーの罪を利用。悪魔長サタンは【明けの明星】の天使ルシファーだった。ルシファーは愛を捨てて、天上天下唯我独尊と思い上がり、空虚な地獄へと堕ちた。日本ではすべての伝統仏教が「シャカが12月8日に【明けの明星】を見て悟りを開いた」という説をシェア。日本人が「仏」と呼ぶものすべてが西洋の悪魔長サタンに該当する。悟りを開くことは愛を捨て、悪魔長サタンに同化すること。真言宗では、開祖の空海が【明けの明星】で悟りを得た。真言宗では【十三仏の十三番目の仏である明星天子(虚空蔵菩薩)】が最高の仏。マンダラの虚空蔵の中心が明けの明星。早川アキのアキ(空き)、「マキマに対する空虚な感情」は虚空蔵菩薩の空虚さ。
日本で隠ぺいされているけれど、西洋の「天使と悪魔」と同じものが、日本では「修羅と天神」と呼ばれている。仏教は「天使は悪い修羅(阿修羅、非天)とだます」「悪魔は良い天神(帝釈天、四天王、韋駄天など)とだます」という悪魔の教え。すべての日本仏教は、【愛を否定する】【サタンを仏とする】構造上、天使を悪い非天神(修羅)、堕天使(悪魔)を良い天神と呼ぶしかなくなる。だから『チェンソーマン』では日本に「天使の悪魔」がいて、天使階級に由来する悪魔たちもいる。
5つ目。「早川」から「日」を引くと十三になる。13話では日こと早川タイヨウが死亡。「早」から「日」を引くと「十」、「川」を寝かせると「三」。
作中での日本の墓は「キリスト教の十字架の墓」ばかりで、仏教式(おそらく真言宗)のお墓は早川家のみ。

6つ目。銃の悪魔は「銃さん(13)」というタツキジョーク。

銃の悪魔の正体は明星天使ルシファーと明星天子(虚空蔵菩薩)をかけ合わせたもの。『チェンソーマン』第一部は愛がテーマなため、愛を否定するシャカは、悪魔の始祖ルシファーと同じポジションになる。凡庸な作品は、「愛肯定のキリストと愛否定のシャカ」を隠ぺいするけれど、タツキはここを誤魔化さなかった。タツキは天才!
ここまで読んでくれた方に感謝を。スター押しの高評価、ブクマ、Xでの引用などをお願いします。
【呪術廻戦】むかし宿儺はキリストを信じていた
ハロー、エヴリワン。
わたしは聖書と鬼好きのヒストール。よろしく。

お久しぶり。初見の方、はじめまして。今さら『呪術廻戦』の考察。最終回までのネタバレ注意。この記事は、宿儺が元クリスチャンだったら面白い!というアイディア。ときどき宿儺は意外な一面を見せる。「誇れ。お前は強い」「堕天は俺だ」「愛を理解できる」など。宿儺の性格からして、天使から一方的に堕天呼ばわりされていたら、それを自称しない。宿儺はどこかで天使と同じ価値観を共有していたはず。

カッコいい。「俺たちは強いというだけで愛され、愛に応えている」。宿儺は鹿紫雲に対して敵との愛を語った。宿儺は敵の漏瑚を認めていた。宿儺は「理解した上で、断言できる。愛などくだらん」と言ってる。でも、その「理解」はどこから?仏教では「愛=煩悩」だから違う。聖書は「汝の敵を愛せ」。宿儺は、この愛を誰から聞いたのだろう?

愛を教える。「絶対的な強者!それ故の孤独!!あなたに愛を教えるのはこの私!」。宿儺は万の愛を一笑に付した。けれど、「絶対的な強者!それ故の孤独!!」のフレーズは何度も何度も登場する。宿儺は、万が五条悟や鹿紫雲一にこそ愛を語るべきだったとも言った。それに、宿儺は万と戦う以前から、漏瑚の愛に応えていた。こうした宿儺の言動から、万が宿儺に初めて愛を説いた人とは考えにくい。

ヤコブ。宿儺は、来栖(クルス)の十字架(クルス)的な光に大ダメージを受けた。キリストは、一番の掟は愛だと言った。宿儺は、一度はキリスト的な天上の愛を信じ、ヤコブのはしごを昇り、そこから堕ちたのだろう。天使は中東出身で、おそらくクリスチャン。アラブ人はヤコブではなくイシュマエルの子孫。だから「ヤコブの梯子」の技名は、イスラム的にあり得ない。ユダヤ信徒は、イエスをメシアと認めない。だから「来栖(クルス)」という十字架(クルス)な名前は、ユダヤ的にあり得ない。消去法で、天使はクリスチャン。
平安京。平安時代、お上は唯一神やキリストを知っていた。学校はまず教えない知識。平安京や稲荷大社(米)や松尾大社(酒)を建てたのは、渡来人の秦氏。秦氏は『稲荷大神秘文』の祝詞で【神は唯一】と祈る。獄門彊こと源信は、日本に地獄の観念を輸入した僧侶。源信は『往生要集』で【死して三日後に蘇る王】を説く。王は地獄の亡者たちを救いつつ蘇ったと。西洋では、茨の王キリストが死んで地獄に下り、地獄の罪人たちを救いつつ蘇ったという伝説がある。実のところ、源信の八大地獄は、キリスト的な地獄をパクって、仏教風に変えたもの。

釘が効く。宿儺は最終局面で釘打たれる。もしも【宿儺に愛を伝えた女性も、クリスチャンの釘使い】だったら、宿儺の最後は運命的。宿儺は彼女から洗礼を受けたのかもしれない。クリスチャンの聖体拝領は、「人の子の血肉を飲み食いする」という、人食いオニ的なもの。儒教道德では、先祖の霊を「鬼」、カミを「鬼神」と呼んでまつる。もしも、平安京に秦氏的なクリスチャンがいたなら、儒教の影響から、ゴッドを鬼神、スピリットを鬼と表現していた可能性がある。鬼神の子キリストは、聖なる鬼に導かれてヨルダン川で洗礼を受け、茨の王となり、釘で十字架に打ちつけられた。橋姫は宇治川で禊をした人。橋姫は鬼の茨木童子と呼ばれ、丑の刻参りで釘を打つ鬼女とも呼ばれた。

巫女服の女性。彼女は、丑の刻参りの鬼女「宇治の橋姫(茨木童子)」だろう。橋姫は野薔薇の術式の元ネタ。橋姫は上級貴族の娘で、鬼の茨木童子や『大祓(おおはらえ)』の川の女神セオリツヒメと同一視される人。鬼かつ女神という矛盾は、よほどの事情があるはず。橋姫は渡辺綱を愛の岩山こと【愛宕山】に連れ去ろうとして、渡辺綱に腕を切り落とされる。が、橋姫は七日で腕を取り戻す。大祓は、天の罪、国の罪、万人の罪を清める祝詞。大祓式は形代(紙の人形)に移し、各人の罪ケガレを祓う。おそらく、丑の刻参りの原型は、特定個人の心臓を狙う呪いではなく、“キリスト人形の手足“に釘を打ち込み、人類の罪ケガレを祓う儀式。そんな愛の巫女こそ、宿儺に初めて愛を説いた人だった説。

『呪術廻戦』は完結したけれど、アニメはまだ。この作品は密教だけでなく、さまざまな要素がてんこもり。鬼を肯定しつつ、キリスト的な視点で解釈するのもまた一興。この記事を読んでくれた方に、鬼神の愛あれ!
【ダクソ考察】ダクソのちチェンソーマン168話

ヨルデレ
ハロー、エヴリワン。
わたしは聖書とポチタ好きで、藤原氏の子孫ヒストール、よろしく。
『チェンソーマン』最新話ネタバレと性的な表現があります。ご注意ください。

正直者
わたしは『ダークソウル』の考察動画をいっぱい見たけれど、プレイしたことは無い。けれど分かることがある。それはダクソが「正統派ファンタジー」で、藤本タツキがその継承者なこと。モテたくてセックスしたいデンジは正直で、性欲のない主人公は不自然なこと。『ファイアパンチ』は「薪で不死で火のアグニ」「雷で太陽なサン」にダクソの影響あり。けれどタツキ作品は独特。まずはダクソはダクソで考察してから、それをタツキ作品につなげてみよう。

はじまりの日の出

はじまりの火
太陽が地上に上ったころ、ロトはツォアルに着いた。 そのとき、主はソドムとゴモラの上に、硫黄の火を天の主のところから降らせ、これらの町々と低地全体と、その町々の住民と、その地の植物をみな滅ぼされた。
━━『創世記』19章23-24節 新改訳
はじまり。ダークソウルのOPにある「はじまりの火」。これは「ソドムとゴモラの火」の絵が元ネタのようだ。「ソドムとゴモラの火」は聖書初の日の出と共に出てくる「滅びの火」。ソドムはホモの王国。初日の出にホモ王が滅びの火で死ねば、日の出パワーを持つホモ王のソウルが残る。ホモ王のソウルを得た一匹が太陽の光の王グウィンになった。ただし、ホモ王のソウルは致命的な滅びを内蔵していた。

火=男女
火。聖書の「火」は「男」や「女」とスペルが同じ。だからダクソの篝火から男も女も蘇る。アラブ人とユダヤ人の祖アブラハム。彼は「聖書初の日(日没)」「王なき火」を経て、ヤハウェから「自分の子孫にエジプトの川からユーフラテス川までの地を与えてもらう契約」を取りつけた。日没する処のアブラハムは火で子孫繁栄。日出ずる処ソドムは火で子孫絶滅。ダクソは滅びの物語。北欧神話の「日月星」「日より美しい景エルフ」「日より輝かしい天国ギムレー」はムスペルヘイムの火から生まれた。ファンタジーを物語るなら、日本の「日継」でなく出雲の「火継」で正解。

曇りのち雷
雷。世界の「R」は雷を表す字。スガワラ。フジワラ。クワバラ。インドラ。Rのないグウィンは「曇り空」の下で、「雷」で古竜を攻撃する。グウィンは表向き「太陽神」で、裏では【雷神】。日本神話は表向き「太陽神」を掲げつつ、裏では「雷神」をまつる藤原家の都合で作られた。本物の雷神は「火雷」と最初の死者イザナミと共に黄泉に封じられた。しかし、藤原氏が菅原道真を死に追いやった後、火雷は道真と融合して上天に昇り、天皇や藤原氏をタタリ殺した。薪の王グウィンは罪深い藤原氏・天皇家のシンボル。

存在しない太陽
日と月。天地創造は「日と月が創造されない」→インド・イランの昼夜の阿修羅王は「日蝕月蝕を起こす善神」→エルフとドワーフの北欧神話は「日の女ソールと月の男マーニが罪人」→指輪とドワーフのグリム童話『七羽のレイヴン』は「日と月は子供を食べるモンスター」→エルフとドワーフの『指輪物語』は「日と月は汚れた劣化物」。聖書の暦は日と月でなく「昼と朔(月光なき新月)」。西暦は日でなく「昼を数える」。北欧神話は日でなく「夜を数える」。西洋は陰と陽がなく、「太陽や太陰暦がない」。だから「太陽神グウィンと陰の太陽グウィンドリン」が罪人ポジなのは、正統派。

雷の神→太陽の神
ソウル。コーラス翻訳によれば。雷神グウィンが「王のソウル」を精子代わりに魔女イザリスと子作り。失敗してデーモンが生まれた。グウィンはソウル奪還のため子殺しを始め、妻に訴えられて敗訴。雷神グウィンは「太陽神」に強制変更され(実質上の死刑)、火継を強要された。ここまでなるにぃ考察。わたしの考察は【ホモ王のソウルが女との子作りを拒否した】。この説はある方面から怒られそうだけど、「子供を作れない王」「ソウル」「日の出」「火」「滅び」が揃う説が他にあるなら、聞かせてほしい。

出雲の火継
中つ国。西洋に「魔王」の伝統なし。日本は「日継」の天皇あり。中国地方の出雲は「火継」の国造あり。かつての近畿の国が「葦原中つ国(出雲、みずほの国)」から神器と国土を奪って「天皇」「日本国」を作った。中世日本は「神器を奪われた中つ国の神」を「神器を太陽神アマテラスに与える第六天魔王マーラ」の物語に改ざんした。北欧神話や『指輪物語』では人の住む世界は「中つ国」。『指輪物語』の黒の乗手のリーダーが「魔王」。これらが日本人のねつ造した「ファンタジーの魔王」の正体。異世界モノが「魔王が善、勇者が悪」になりがちなのは、「中つ国の真実」に近づきあるから。

白子
あなた(ヤハウェ)にとって闇すら暗くなく、夜は昼と等しく明るいもの。闇と光は同じもの。
と言うのは、あなたが私の内臓を形造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。
━━『詩篇』139章12-13節 新改訳
闇。ダクソの発展系。エロヒームは闇を夜と名づけた。牧人アブラハムは女性名詞の「闇」と「日没(聖書初の日)」、女性名詞の「暗闇」と「日没(聖書2回目の日)」と「火」を経て、ヤハウェから子孫繁栄を約束された。ヤハウェにとって「夜は昼と等しく明るい」「女性の闇は子宮」「女性の闇は光と同じもの」。日没する処は夜だけど昼に明るく、女の闇が子宮でヒカリで、火で栄える。つまり、闇ことヨルがチェンソーマンに手コキしてキスをして、セックスの準備をすると、真のヒカリの世界に切り替わる。

ヒカリが来た
後継。藤本タツキはダクソを受け継いで『ファイアパンチ』を描いた。『チェンソーマン』ではアキの弟タイヨウが死ぬ。カレンダーが日曜から始まらない。夏にドイツや北海道に積雪。夜行性のコウモリの悪魔は昼にバサバサ飛ぶ。ヒルの悪魔がコウモリの恋人。アサは死んでヨルになる。ユウコは夜明けに殺された。火の悪魔は正義を騙る。闇の悪魔は強すぎ。光の力はガソリン。デンジはひどい目に遭ったけれど、ヨルにキスと手コキされた後はヒカリ射す路地にいる。ヨル&アサもヒカリの方に踏み出した。

ヒカリへ
ヒカリあれ。闇を知らぬ者にヒカリなし。ホモや太陽や日でなく女と闇と火を選ばなかったら、アラブもユダヤも永遠に分かりようがない。日でなく昼や夜を数えないなら、西洋やファンタジーは永遠に分かりようがない。日本の日継でなく中つ国の火継でなければ、偽の王と偽のヒーローが、真の王を魔王と呼んで殺し続けるだろう。何でも太陽や日に歪めるなら、それは戦時中の洗脳と同じ。性欲も恋愛感情もない主人公は子供に悪影響がある。もしもヒカリを求める人、クリエイター側にこの記事が届いたら、わたしはうれしい。
どうかテンシが太陽の悪魔を食べ、この地にヒカリが満ちますように。
スター押し、ブクマ、リツイートなどで応援よろしく。
【呪術廻戦261話】菅原と藤原、ミトラとインドラ
ハロー、エヴリワン。
わたしは藤原の子孫で、菅原道真好きのヒストール、よろしく。
本誌ネタバレ注意。『呪術廻戦』261話の短め考察。

生死の大海に餌をまき…不空の索をもって衆生の魚を釣り上げ菩提彼岸に送る
━━『諸宗仏像図彙』不空羂索観音
「羂索(不空羂索観音)」は藤原氏が独占した雷の観音。雷神タケミカヅチと同体。この観音は「生死の大海で衆生の魚を釣って彼岸に送る女仏」。仏教に珍しい「不空」の仏。「無量空処」とは逆の要素。

菅原の血を引く憂太が、藤原の不空で、五条の空と同化した。憂太が人間性を捨て、バラバラだった菅原の雷神、藤原の雷神、帝釈天の雷神を揃えた。

そして、雷を使う宿儺も雷神の帝釈天の印を使ってる。昼の阿修羅王ミトラ、名前の意味は「契闊(契約)」。阿修羅王と帝釈天は敵同士。アシュラ(うずまきナルト)とインドラ(うちはサスケ)が一つに。

空と不空が合わさった者、昼の阿修羅王と帝釈天が合わさった者が戦う。純愛の勇太は怪物になった。逆に、人間と怪物を分けない宿儺は、愛と人間性を拾うかもしれない。

昼の阿修羅王の双子ヴァルナ、光の最高神アフラ・マズダーになる予定だった者。天使の前身。北欧神話で天狼フェンリルになった者。全ての父オーディンを殺し日月星を滅ぼす者。狼な悠二の本番はもう少し後か。

ここまで読んでくれた人は「すげー壮大だ」と思ったかもしれない。でもわたしは『呪術廻戦』の雷に限界を感じた。わたしは日本神話・ゲーム・漫画の雷を考察中で、すでに限界を超えてしまったから。菅原の雷はもっと奥深い。
【P4G】日本神話は「イザナギお兄ちゃん」が存在しない

ハロー、ワールド。
わたしはポチタ好きのヒストール。よろしく。
ネタバレ注意。『ペルソナ4』の「イザナギ使いのお兄ちゃん」は何か怪しい。菜々子はすごく可愛い。でも、『日本書紀(720年)』本文ではイザナギが死んでてイザナミが生きてる。真実の世界はブラザーを兄と弟に分けないし、シスターを姉と妹に分けない。それどころか日本語でも。わたしは『チェンソーマン』第一部を最高だと思う。それはデンジがアキをお兄ちゃんとは呼ばないし、パワーを妹と呼ばないし、パワーも最後はデンジを友達と呼ぶから。こんな風に兄弟姉妹なしでも尊い家族関係を表現できる。神話と歴史を踏まえ、作中では明かされなかった本物の真実を解説してみよう。

京都のキツネ。お米の神社、京都の伏見稲荷大社は、外国人の秦氏が創建したもの。秦氏は京都(平安京)やお酒の神社(松尾大社)も創建した名門一族で、技術の統括者。彼らはなぜか『日本書紀』の最初の神トコタチを「天地開闢の唯一神」とする祝詞を残した。京都の祇園さん(牛頭天王)は東洋神話に名前がない謎の存在で、正月を司る。「三が日」は「三枚重ねの酒器」で「お屠蘇」をすすめる。キリストは屠られてから三が日で蘇った人。そう、実は京都や正月やお米や酒の文化はクリスチャンが作ったものだった。

イモとセ。日本神話『古事記』『日本書紀』ではイザナギが一度も「兄」と言われない。書紀ではイザナギが死ぬ。逆に生けるイザナミはよく「妹」と言われる。昔の日本語はセ(背)が兄と弟と夫を兼ね、イモ(妹)が姉と妹と妻を兼ねてた。もちろん、聖書やコーランや仏典でも、ブラザーは兄弟不分、シスターも姉妹不分、ピープルは公民不分。普通の国々は「公(お上。天皇や大臣)」や「民(人でない奴隷。国民や庶民)」のつく単語がない。江戸時代の町人たちは公を馬鹿にして、自分たちを民とは言わなかった。本当の平等は、兄弟姉妹や公民がないもの。堂島遼太郎が「母の弟な公務員」で、菜々子が「お兄ちゃんの妹」ポジなのが罠。

先なし。天地は同時に創造され、創造の七日間に「先」はなかった。イエスはギリシャ語の「前(proー)」を語った。それで西洋は「前」のつく単語が豊富で、「先」のつく単語は一つもない。西洋の時間は「先日、先週、先月」がなく、西洋の空間は「先陣、先頭、先端」がなく、西洋の人間は「先祖、先生、先輩」がいない。イザナギ使いの番長は、「後輩」のりせや完二や直斗から「先輩」と呼ばれ、クマやバイト「先」の親子から「先生」と呼ばれ、決して「前」に進まない。

陰陽なし。世界、天地は「陰陽五行の理」で創造されなかった。エロヒームは天地を陰陽や後先なく同時に創造し、男性と女性を自分たちの似姿として平等に創造した。だから宇宙に陰陽五行の法則は存在しないし、太陽系は存在しないし、陰陽による男社会は天地万物に反してる。日本神話では「天は陽で、先に生まれた。地は陰で、後に生まれた」「最初の三神は陰のない陽(男)」「陽のイザナギは男だから女より先、陰のイザナミは女だから男の後、それが陰陽の理」と言う。けれど、宇宙に陰陽と先は存在しない。陽の天、陽の三神、陽のイザナギ、太陽のアマテラス、陽の陽介は存在しない。ヨースケはカタカナにしよう。

アイドル禁止。愛を肯定する「十戒と十字架」の下では「多神崇拝、日月星崇拝、アイドル(神仏像)崇拝」が死刑。愛を否定する仏教はこの逆。仏教徒は輪廻転生、太陽崇拝、アイドル崇拝のような最悪の欲望で煽り、人々を地獄に導く。本物の愛は、陰と陽、先と後、兄と弟、姉と妹、輪廻転生、アイドルなどで人を騙さない。りせに限らず、全ての仏像や全てのアイドルは、本物の愛を伝えられない。

子曰わく、其の鬼に非ずして之を祭るは諂なり。 義を見て為ざるは勇無きなり。
━━『論語』為政篇第二24
中国。中国の儒教道徳では「鬼神は徳の盛んな神」「鬼は祭るべき同族の霊」「自分ちの鬼(同族の霊)以外のものを祭る奴は、不正な権威に媚びる臆病者」。なるほど、鬼退治をする日本人は太陽の権威に媚びた臆病者ばかりだ。1911年、鬼を祭る漢民族は「十月十日」から辛亥革命(双十革命)を始めて、「皇帝」という不正な権威を終わらせた。西洋は、天皇、帝釈天、女帝、皇帝、女教皇、教皇のような悪い名前が元から存在しない。逆に天皇の祖イザナギは祭るべき鬼を退治させ、タロットに「女帝」「皇帝」「女教皇」「法王」があるとだます。

葦原中津国。イザナミは「葦原中津(国)」で待ち構える。津は「の」の意味。『ロード・オブ・ザ・リング』の「中つ国」みたいなところ。1300年ほど前、近畿の国々は、葦原中つ国(みずほの国、出雲)から国土と神器をだまし取り、「日本」と「天皇」を作った。とある総理が「日本はみずほの国」と園児を洗脳したら、出雲の天罰に遭った。日本はなぜか毎年十月が神無月で、日本全ての神々が葦原中つ国の神々に頭を下げに行く。宮本武蔵は「十月十日」から『五輪書』を書き始め、「空、善あり、悪なし。智は有なり」で締めた。「十戒と十字架」を信じる聖者たちは昔からこう言う。「善は存在する、悪は存在しない、智慧は天地以前から有った」と。

(イザナギがイザナミに)「汝は右より廻り逢へ。我は左より廻り逢はむ」
ここに(イザナギが)左の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、天照大御神。次に右の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、月読命。
━━『古事記(上)』次田真幸
正義。ユーラシア世界は、国家や民族や文化に関係なく「右は善い、強い、賢い」「左は悪い、弱い、愚かな」シェアする。ただし漢字圏を除いて。西洋諸国は右や権利という言葉がなく、「正しさ」「正しい側(右)」「正義(権利)」は同一の単語。西洋諸国は「歪み(左)」の語源が「弱い(weak)、馬鹿な(foolish)、無価値の(worthless)」。日本だけ「悪の左を尊ぶ陽神イザナギ」「悪の左目生まれの太陽神アマテラス」「悪の左を尊ぶ神々」のせいで、左右があべこべ。日本では左が善や神や陽や日と結びつき、右が悪や鬼や陰や月と結びつく。日本人が「右や正義でない権利」をねつ造した。葦原中つ国の出雲とイザナミだけ、右(人権)を左より尊ぶ。つまり陽神イザナギ、陽の陽介、太陽神アマテラスは「正義(人権)を呪う左の悪魔」。

夜の世界。エルフやドワーフのいる世界は夜と右を尊ぶ。オーディンたちが「左の巨人ユミル(イザナギ)」「ユミルが生んだ左の霜の巨人族(イザナギの子孫)」を絶滅させた後、夜の世界が生まれた。ユミルなイザナギのまつげから「中つ国」が造られた。オーディンは「二つの木」に永遠の命である「鬼(スピリット)」を与え、最初の男女が生まれた。神々と人間は日でなく夜で時を数え(年月夜)、夜ノートが昼ダグの母で、夜の馬のたてがみと昼の馬のたてがみが地上を照らす。日の女ソール(アマテラス)と月の男マーニ(ツクヨミ)は罪人で、地上を照らさない。世界ができるずっと昔、一番最初に「南の火(イザナギが殺したカグツチの火)」があり、この火により天の南端にあるギムレーは日輪より輝き、ギムレーに住む光エルフは日輪より美しい。闇エルフはピッチより黒い。この世界観は『指輪物語』に継承されてる。本当の世界とファンタジーを知るには、「日本」を絶滅させ、「夜」から世界を再創造するしかない。そのためには、ギリシャの「夜の女神ニュクス」が要る。

夜の女神ニュクス
カオスから 幽冥(エレボス)と暗い夜(ニュクス)が生じた。
つぎに夜から 澄明(アイテル)と昼日(ヘメレ)が生じた
夜が幽冥と情愛の契りして身重となり 生みたもうたのである
━━『神統記』ヘシオドス 廣川洋一訳
夜の真実。エルフとドワーフの夜の世界は、ギリシャの夜の女神ニュクスとつながる。ギリシャ神話『神統記』は【真実】をテーマにした叙事詩で、カリオペを筆頭とする九人の詩歌女神ムーサが歌う。英語のミュージック、ミュージカル、ミュージアムは真実を歌う彼女たちが由来。「夜の女神ニュクスが幽冥のエレボスと交わって、上天エーテルと昼の女神ヘーメラーが生まれた」と。だから、キタローが「ニュクスとエレボスの交わりを封じた宇宙」では、マヨナカテレビに真実の夜がなく、クリア後も真実の昼が来ない。マリーの抒情詩は、真実の叙事詩を歌わない。

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
━━『日本国憲法』第一章第一条
総意。ペルソナ4関連作品は、ラスボスや裏ボスが「総意」を語る。その元ネタは、日本国憲法の「日本国民の総意」。普通の国々は総投票で「国体」を定め、女帝や天皇が国民投票なしに「憲法」を発布しない。一度も国民投票が行われていないため、正式には憲法と総意は無効。昭和や平成や令和の天皇は一私人で、年号は不成立だった。日本人は昭和と平成と令和の霧の中を彷徨う。諸悪の根源は「左の陽神イザナギ」で、「右の陰神イザナミ」「エルフの火カグツチ」に責任はない。

ペルソナ4は、クールでオシャレに見える。BGMやボイスは耳に心地良い。キャラも魅力的。でもマヨナカテレビに夜の真実がない。3で夜のニュクスを封じたから。本当の物語は、日でなく夜で数え、右の鬼神オーディンが左の巨人族(左のイザナギ一族)を抹殺し、二つの木は鬼で男女となり、夜が昼を産み、日や月が罪人で、カグツチの火が光エルフの光になる。本当の世界は、陰と陽、先と後、皇と帝、公と民、兄と弟、姉と妹などの悪の名前がないところ。本当の右は正義や権利と同じ言葉。日本では右が鬼や陰や月なので、左の陽神イザナギで右の陰神イザナミを倒すのは、本当の正義を人権にすり替えて弱めること。絆を結んで真実の世界を見たつもりでも、そこには嘘しかない。
【ホロライブ 】星街すいせいは太陽なんていらない

ハロー、エヴリワン。
わたしはカイジュウ好きのヒストール、よろしく。
話題のVtuber、ホロライブ。「星街すいせい」「宝鐘マリン」は地上波で見かけるようになりました。ホロライブの配信は「カラオケ」「ゲーム実況」「雑談」がメイン。今回は星街すいせい、通称すいちゃんから語ってみましょう。

すいちゃんの代表曲『Stellar Stellar』は『星の王子様』をモチーフにした歌です。シンデレラではなく星の王子様。歌のはじめに“太陽なんていらないから 明けないでいて”の歌詞が。

同じくすいちゃんの『ソワレ』に“寝息を立てる太陽の目を盗んで大脱走さ ”の歌詞が。太陽の国からエクソダス!

2024年の「ホロライブ学力テスト」では、すいちゃんが「太陽は西から昇り、東へ沈む」のバカボン解答。同じくホロライブのみこち(さくらみこ)は「太陽は東から昇り、北へ沈む」のPON解答。いや、違うんです。これはチェンソーマンが太陽の悪魔をかじったせいなんです!

すいちゃんは笑顔で「太陽嫌いだからなぁ…」と言ってました。はじめて聞く言葉ですが、いい台詞ですね!太陽嫌いの歌姫で星の王子様、それが星街すいせいです。

すいちゃんは手描き動画で「サイコパすいせい」として大人気。すいちゃんはゲーム配信で、仲間を助けるフリをしてから銃殺するVtuber!すいちゃんは今日も可愛い!

すいちゃんはマイクラ配信で「ホラーなメリーさん」をノリノリで演じていたり、なかなかの役者さん。

すいちゃんのおじいちゃんはどうやら賞状をいっぱい貰ってた偉人らしく、葬式には何百人も集まったとか。

すいちゃんの『Stellar Stellar』の一発撮りは、すごい迫力で、4分が3秒に感じられるほど海外ネキを魅了していました。

歌の上手い人は星の数ほどいますが、「太陽嫌いの星歌手」はスーパーウルトラレア。ホロライブは歌が上手い人が多いので、そこからVtuberに触れてみるのも一興です。














