ヒストールのブログ(葦)

新年おめでとう

【押井守】空しい太陽の下で 〜劇場版パトレイバー〜

 
 押井守作品ネタバレ注意。

 

たそがれ

 黄昏時。ある男が“箱船”の高所にいます。男はカラスを撫で、カラスは飛び立つ。男は今にも落ちそうな場所にいて、何人かが男を引き止めようとしています。男は不敵に笑いながら飛び降り━━
 

試作機

 場面が変わって。輸送機からたくさんの軍用レイバーがどこかの森に降下します。狙いは、森を歩き回る四ツ足の戦車型レイバー。自衛隊らしい人が「目標、確認」と報告しますが、四ツ足から狙撃。巨大ロボットによる銃撃戦。四ツ足は高性能らしく、ヘリが撃ち落とされそうになります。まるで戦争。自衛隊は数に物を言わせ、四ツ足を蜂の巣に。ようやく四ツ足が動かなくなりました。そのコクピット部分が開けられますが…誰も乗っていません
 

箱船のカラス

 

四十日の終わりになって、ノアは、自分の造った箱船の窓を開き、烏を放った。
━━『創世記』8章6~7節

 わたしは子供の頃、『機動警察パトレイバー the Movie』を見て面食らいました。まったく分かりませんでした。アニメ映画ってこんな難しいの?わたしは分からないけど不思議な映画だなと思いました。BABEL、バビロン、箱船、カラス、666、レイバー、エホバ。今思い返してみれば、わたしが好きな聖書のキーワード。わたしは園児の頃から宮崎駿が大嫌いだったので、そうでない押井守の映画には興味を持ちました。この映画は1989年の作品。当時はWindowsや小型の光ディスクもない頃。作中では小型の光ディスクが普及し、「OSの普及による新世界」が描かれています。しかし、科学讃美ではなく、自然語りでもなく、聖書になぞらえた大がかりな犯罪。一応、ロボットアニメですがキーはOSです。生身の代わりにロボットという構図ではありません。警察官が犯罪を追っていく物語ですが、犯人は冒頭で死んでいます。犯人に関する情報は失われ、顔写真や体重や身長のデータすらありません。つまり警官が犯人に対面して追い詰めるシーンがないのです。何じゃこりゃ。
 

レイバーの暴走

 冒頭で軍用レイバーが暴走していたように、一般用レイバーも多数暴走しています。おかげで第2小隊は家に帰れないまま働き詰め。今度は土木作業用の大型レイバーが暴走しました。ソイツはメチャクチャに家を壊しまくり、パトカーを踏み潰します。第二小隊はパトカーを踏み潰しつつ、手慣れたチームワークで作業用レイバーを止め、操縦者を引きずり出し、電磁警棒で機体を止めました。帰ってメシにしようぜ!しかし搭乗者なきレイバーが再稼働。作業用レイバーはすごい勢いで暴れます。頭に来た隊員が勝手に銃を抜いて乱射。被害甚大でしたが一段落。しかし、不自然な事件でした。二月前までこんな暴走事故はなかったのに、一月足らずで22件も暴走事故が起きています。暴走したレイバーのメーカーはバラバラ。操縦者に原因は見当たりません。しかし一つだけ共通点ありました。暴走機体の100%に「HOSホス(ハイパーオペレーティングシステム)」が導入されていたのです。HOSホスの発表も二月前。HOSホスはすでに80%の普及率。第2小隊の後藤隊長【暴走はバグではなく意図的に仕込まれたもの】と当たりをつけていましたが、時すでに遅し。犯人は箱船から飛び降りた後でした。
 

エホバ

 犯人はMIT出身の天才プログラマーで、レイバー用のHOSホスを開発し日本を変えた偉人。当然、彼はお金持ちです。でもなぜか彼は2年間で26回もオンボロアパートに引っ越していました。捜査課の警官が調査しますが、どのアパートも住人がいません。場所によっては取り壊し中。捜査課は聞き込みができないまま、ひたすら廃墟巡り。部屋に残っているのは鳥かごだけ。なぜかどのアパートからも箱船が見えます。犯人は国内外のデータにハッキングし、戸籍や病歴や経歴のすべてを消し去っていました。残ってるのは彼がわざと残した転居データだけ。それでも彼の実家が判明。新しいカレンダーの裏に英語で旧約聖書の一節が。犯人は「ホバ・エイイチ」。彼はMITで「エホバ」と呼ばれていました。本来はヤーベ、あるいはヤハウェと呼ぶべき御名。ホバは「エホバ」という誤った呼称に狂喜していた人間後藤隊長の見立てでは、これは聖書に基づく犯罪計画で、ホバは埋め立て地に住むすべての人間を嘲笑しながら飛び降りたと。壮大過ぎる…。

 

BABEL

 調べてくと、HOSはホバが自力で開発したプログラムで、シノサキ重工でも内容が割れていませんでした。第二小隊のシノサキアスマはシノサキ重工のお坊ちゃんなので、社内秘の部屋に入ってHOSホス を調査。アスマがHOSホスのマスターコピーを見つけました。パスワードに「E.HOBA」と入れてみると、「いざ我らくだり、かしこにて彼らの言葉を乱しバベル、互いに言語を通ずることを得ざらしめん」と旧約聖書の一節が出てきます。すると勝手にプリンターが起動。部屋中のパソコンも勝手に起動。プリンターもモニターも真っ赤な「BABEL BABEL BABEL BABEL BABEL BABEL BABEL」を繰り返します。超巨大なレイバー製造工場は【BABEL】に染まっていき、作業が止まってしまいます。本社まで汚染されそうな勢い。止められないので工場のメイン電源を落とすハメに。こんなの絶対おかしいよ。OSじゃない何か。
 

HOS

 レイバーの暴走は、人間に聞こえない低周波が条件だと判明しました。そろそろバレそうなので、シノハラ重工は「HOSホスに重大な欠陥あり」と通産省に報告。無用な混乱を避けるため「新バージョンへのアップデート(嘘)」で旧式のOSに書き換えることに。しかし、お手軽に解決できるなら、犯人は飛び降りません。何か大きな事件が起きるはずです。さまざまな条件づけでシュミレーションしてみますが、被害規模は小さなもの。お湯を沸かしてガラスケースが揺れる…。偶然から共鳴と箱船が鍵だと分かりました。もしも風速40メートルの風が箱船に吹いたら関東は壊滅。なあんだ。台風でも来ない限り大丈夫。天気予報のお姉さん「台風19号は風速40メートルを超える暴風域に…」。もう時間はありません。原発炉心でもHOSホス入りレイバーが稼働しています。HOSホスは電源を勝手に立ち上げるので、電源を切っても8000台のレイバーが暴走し、放射能漏れは確実。第2小隊出動後に分かるのですが、HOSホス接触したコンピュータすべてを汚染するウイルスが仕込まれていました。
 

箱船と太陽
 
彼はその子をノアと名づけて言った。「主がこの地をのろわれたゆえに、私たちは働き、この手で苦労レイバーしているが、この私たちに、この子は慰めを与えてくれるであろう。」

━━『創世記』5章29節

 映画は、結局のところ第2小隊が「箱船をブチ壊して」朝日が昇り、ヒャッホールンルン♪めでたしめでたし。しかし、箱船には大量のレイバーが保管されており「バビロンプロジェクト」は崩壊しました。現実では太陽の化身こと昭和天皇崩御し、バブルがはじけました。正義の味方な第二小隊は、犯罪者をつかまえられず、むしろロードのシナリオ通りにバベルの塔を倒す側になります。わたしがこの映画について書く気になったのは、【ノアのレイバーがバベルの塔が倒す】からです。正規ルートであれば、ノアは「苦労レイバー」の慰めになり、箱船は希望の地へと向かいます。しかし、この映画ではノアが箱船と呼ばれるバビロンタワーを倒してジ・エンド。日本は本物のノアの側になれません。それは映画『天使のたまご』でも表現されました。ノアの箱船が■■■■■り、ソラでは“見知らぬ神々”を乗せた機械じかけの太陽が回っているのです。
 
天使のたまご解説


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Patlabor

 Labor。太陽の下にはレイバーがつきもの。英語「レイバー」は【農耕の重労働】が語源。「労働」「労働者」「労働党」「陣痛」を意味する語。レイバーは「ヘラクレスの十二の難行」でもあり、「苦労」「労苦」とも訳されます。カタカナ英語の「ラボ(実験室)」は「ラボラトリー(重労働所)」から来る単語。パトロールするレイバーで、パトレイバー聖書で「太陽」労苦レイバー」が一番出てくるのは『伝道者の書(コヘレトの言葉)』。伝道者ソロモンは【日の下アンダー・ザ・サン】と【労苦レイバー】を徹底的に悪い意味で使います。
 
『伝道者の書』新改訳

 

○1章 
 3 日の下で、どんなに労苦しても、 それが人に何の益になろう。 
 9 昔あったものは、これからもあり、 昔起こったことは、これからも起こる。 日の下には新しいものは一つもない。 
14 私は、日の下で行われたすべてのわざを見たが、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。

 
○2章
11 しかし、私が手がけたあらゆる事業と、そのために私が骨折った労苦とを振り返ってみると、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。日の下には何一つ益になるものはない

17 私は生きていることを憎んだ。日の下で行われるわざは、私にとってはわざわいだ。すべてはむなしく、風を追うようなものだから。
18 私は、日の下で骨折ったいっさいの労苦を憎んだ。後継者のために残さなければならないからである。
20 私は日の下で骨折ったいっさいの労苦を思い返して絶望した
22 実に、日の下で骨折ったいっさいの労苦と思い煩いは、人に何になろう
 
○3章
16 さらに私は日の下で、さばきの場に不正があり、正義の場に不正があるのを見た。
 
○4章
 1 私は再び、日の下で行われるいっさいのしいたげを見た。見よ、しいたげられている者の涙を。彼らには慰める者がいない。しいたげる者が権力をふるう。
 3 また、この両者よりもっと良いのは、今までに存在しなかった者、日の下で行われる悪いわざを見なかった者だ。 
 7 私は再び、日の下にむなしさのあるのを見た。
15 私は、日の下に生息するすべての生きものが、王に代わって立つ後継の若者の側につくのを見た。

 

○5章
13 私は日の下に、痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富が、その人に害を加えることだ。 
18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。

 

○6章
 1 私は日の下で、もう一つの悪があるのを見た。それは人の上に重くのしかかっている。
12 だれが知ろうか。影のように過ごすむなしいつかのまの人生で、何が人のために善であるかを。だれが人に告げることができようか。彼の後に、日の下で何が起こるかを。
 
○8章
 9 私はこのすべてを見て、日の下で行われるいっさいのわざ、人が人を支配して、わざわいを与える時について、私の心を用いた。
 
15 私は快楽を賛美する。日の下では、食べて、飲んで、楽しむよりほかに、人にとって良いことはない。これは、日の下で、神が人に与える一生の間に、その労苦に添えてくださるものだ。

 

○9章
 3 同じ結末がすべての人に来るということ、これは日の下で行われるすべての事のうちで最も悪い。だから、人の子らの心は悪に満ち、生きている間、その心には狂気が満ち、それから後、死人のところに行く
9 日の下であなたに与えられたむなしい一生の間に、あなたの愛する妻と生活を楽しむがよい。それが、生きている間に、日の下であなたがする労苦によるあなたの受ける分である。 
11 私は再び、日の下を見たが、競走は足の早い人のものではなく、戦いは勇士のものではなく、またパンは知恵ある人のものではなく、また富は悟りのある人のものではなく、愛顧は知識のある人のものではないことがわかった。すべての人が時と機会に出会うからだ。
13 私はまた、日の下で知恵についてこのようなことを見た。それは私にとって大きなことであった。

 

○10章
 5 私は、日の下に一つの悪があるのを見た。 それは 権力者の犯す過失のようなものである。

 

 

すべては空しい
 
the Sun is not divine symbol, but second-best thing, and the ‘light of the Sun’ (the world under the sun) become terms for a fallen world, and dislocated imperfect vision).
太陽は聖なるシンボルではなく、次善のものであり、〝太陽の光〟(つまり太陽の下なる世界)は、堕落した世界、どこか狂った不完全なヴィジョンを示す言葉となります。)。
━━J・R・R・トールキン 『シルマリルの物語』について(1951年)
 
 タイヨウ。聖書やコーランでは太陽や月や星を拝んだら死刑。日本人はウソつきで、世界の太陽観を正しく伝えません。新改訳の旧約聖書1568ページ。原文では「太陽」が134回、「労苦」が55回使われています。『伝道者の書』はわずか14ページですが、「太陽」が35回(28%)、「労苦」が22回(40%)使われています。全体の1%に満たないページ数にこの詰め込み。この書は太陽観とレイバー観の要。太陽の下にあるのは…「益にならない労苦」「新しいものは一つもない」「すべてがむなしい」「益になるものは一つもない」「わざわい」「憎らしい労苦」「絶望の労苦」「何にもならない思い煩い」「裁きの座に不正」「正義の座に不正」「しいたげられる者の涙」「悪いわざ」「むなしさ」「王に代わる若者につく生き物」「痛ましいこと」「骨折る労苦」「人の上に重くのしかかる悪」「むなしい人生の後に何が起こるか告げられない」「わざわいの時」「骨折る労苦のうちのしあわせ」「悪と狂気と死」「あなたに与えられたむなしい一生」「あなたの労苦」「わざわいの時と機会」「町を救った貧しい者の知恵が忘れられる」「権力者の犯す過失のような悪」太陽の下にいると労苦レイバーしても報われないんですね!これが、西洋や中東やユダヤフリーメイソン丶丶丶丶丶丶丶で共有されている「太陽の下のレイバー」。エルフとドワーフの火付け役、指輪物語ロード・オブ・ザ・リング』『ホビットの冒険』のトールキンもソロモンの「太陽の下アンダー・ザ・サン」によって小説を書きました。これを知ってしまうとパトレイバーやファンタジーの見方が変わるでしょう。ソロモンの太陽観はチェーンとソーを通じて丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶、現代まで継承されています。どうかこれを読む人が空しい太陽の下から出国エクソダスできますように。

 

 新改訳『伝道者の書』seisho-shinkaiyaku.blogspot.com